サラの臨死体験
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体験の内容:

19898月午後10時頃、ボランティアの仕事を終え自転車で帰宅している時のことでした。信号機のある交差点に差し掛かったとき、時速80キロで走行する軽トラックに後方から衝突されました。トラックは自転車と私に追突し、驚いたドライバーが急ブレーキを踏んだので、私は18メートルほど飛ばされてから路肩に打ち付けられました。肺がつぶれ、内臓のほとんども破裂し、骨盤と肋骨数箇所を骨折したため、即死するかと思われました。幸運にも、近くに居た警官が無線ですばやく救急車を呼んでくれたようですが、私にはその現場での記憶はありません。

今思い出せるのは、自転車をこいでいた次の瞬間、真っ暗闇の中にいたことです。そこでは上や下、遠くや近くといった感覚はありませんでしたが、自分の身体を感じることはできたので、どうやら生きているようでした。“どこか”で音がし、小さな光があるのに私は気が付きました。音は次第に大きくなり、光は私に向かってやって来ました。その光の正体は、大きな目と牙を剥き出しにした炎に包まれた悪魔のような生き物だったのです。牙とオレンジ色の長い舌をだして、恐ろしい目で私を睨む姿に、恐怖でその場から動けなくなりました。その魔物は私を捕らえようと凄いスピードで向かって来たので、逃げ場はありませんでした。私は“その場”で目を閉じ、炎に包まれて食べられてしまうのを覚悟しました。ですが、その魔物は私の身体をゆっくりと痛みも無く通り過ぎたのです。心の目を使ってその魔物を見てみると、その魔物は私の中を笑いながら通過すると、消えてなくなりました。私の背後から魔物が消え去ると、今度は非常に早い速度で私は暗闇の中を飛び始めました。

暫く飛行していると、今度は違った色をした恐ろしげな魔物が2匹現れました。最初の魔物の時のように、今度も自分の身体を通過させると、その後、暗闇のなかにトンネルの入り口を発見しました。そのトンネルは灰色の雲のようなもので出来ており、遠くまで続いていました。その先は枝分かれしていたので、どこに続いているのかは見えませんでしたが、右に枝分かれしているトンネルの先は黄色がかった光に優しく照らされていました。その時自分の身体をちらりを見ると、身体はすでになくなっており、青白い光を放つ十字架/星の形になっていましたが、その時はそれが当たり前に感じられ、重い肉体から解き放たれ私は、開放感に包まれていました。

振り返ってトンネルの内部に目をやると、両側に扉がありました。トンネルの中には自分のような青色や琥珀色をした十字架/星がいくつか漂っており、2体の青色をした十字架/星が私の横に現れると、優しく私をトンネルへと導き出しました。浮遊している間に見た“扉”には開いているものと、閉じているものがあるのが分かりました。最初に覗き込んだ扉には典型的な地獄の風景が広がっており、苦しみで叫ぶ声が聞こえました。排泄物の沼と針山で出来たその世界では、悪魔や動物がおり、色々な方法で裸の人間を拷問しており、また人間同士も互いを拷問しているのでした。

扉に近づきその残虐な場面を見ていると、渦巻きに引き寄せられるように引っ張り込まれ、今度は悲惨な光景の上空を“漂って”いました。そこは何かが腐敗したようなニオイがし、耐えられないほど暑かったのですが、その世界の住人が受けている際限のない苦痛や苦悩に何故か魅せられて目を離すことができずにいました。ですが、私がもしその場所を離れたいと願えば、そうするのは簡単で、そこにいる誰にでもできる事なのだと感じられました。そこで苦しむ人達は誰かに強制された訳ではなく、自分の苦しみが続くと信じきっているため、そこに捕らわれているようでした。私が扉へ飛んでいくと、その扉は“地獄”のどこからでもはっきりと見ることができました。私はその場所を離れることが嬉しくて仕方ありませんでした。

次の扉も似通った世界で、人々が自らを哀れみながらうつむいては、周りに人がいるのにも気付かず、黄色い不毛な大地を歩いている光景が広がっていました。トンネルにあるこの扉付近には吸い込まれる感覚はなかったけれど、その場を支配する孤独がいやで、そこには近づかないようにしていました。

トンネルをさらに進みその他たくさんの扉を見ましたが、私の心に焼きついたのは、言葉では言い表せないほど美しい世界が広がる扉で、そこから虹色に輝く噴水、滝、小川や橋のある緑豊かな庭園を見下ろしていました。その世界がどんなものか説明するのに一番良いのは画家ギルバート・ウィリアムズの作品で、彼の作品に出会ったのは臨死体験をしてから数年後のことです。平穏と調和で満たされた場所に足を踏み込みたい衝動にかられた私は、扉に向かって進んで行きました。扉を通り抜けようとすると、私の“鼻”がビニールのラップかなにかでできた膜にぶつかったので、さらに押してはみたのですが優しく押し返され、今度は、“お前はこの世界に入ることは許されていない”と言う声が聞こえました。その時は残念に感じましたが、別に私にはそこへ行くのが相応しくないとかそんな事ではなく、まだ許されていない、ただそれだけのことでした。

それから私は右に曲がったところが輝いている光に意識を向けました。光の中に入ると、至福の喜びを感じました。喜び以外、何もありません。“私はここに居ます”と光に告げると、幸福と至福の混ざった声で“よかったね”という返事が返ってきました。至福に包まれると、言葉にしてしまうと陳腐に聞こえてしまうけれども、私にとっての永遠の真実について多くのことを学びました。私には永遠の魂があり、肉体は何度も滅びようとも、自分が消えてなくなることはないことを知りました。恐れることは何も無く、地上で何を経験するかを決めるのは自分以外の誰でもないのです。信じられないかもしれませんが、この真実を知っておくのは大変ためになります。結局、永遠の至福にも飽き、その場を去ることにしたので、光に“さよなら”を告げると、変わらず喜びに満ちた声で“分かりましたよ”という答えが返ってきました。

ずっと不思議な気持ちを抱きながらきらめくトンネルまで戻ってくると、今度は宇宙空間が見える扉にたどり着きました。たくさんの隕石のかけらが飛び交い、遠くには惑星や銀河が渦巻いていました。音の無い世界でそれらを眺めていると、静けさとワクワクした二つの別々の感情が湧いてきました。トンネルの入り口はすぐ側にありましたが、“サラ、行ってはだめだ。ゼイン(息子は当時5歳)はどうするんだ?”という声が聞こえてきました。もちろんどこへも行かず、ゼインが成長するのを見守るつもりだったので、その声に苛立ちを覚えていました。すると私の横に別の存在が姿を現したので、私に与えられたオプションについて一緒に“話し”を始めましたが、その存在は私に“その扉を通ったら、もう戻れないんだよ”と伝えました。

意識が戻ってから次に覚えているのは、病院のベットに横になった自分の身体にたくさんのチューブが装着され、口には人工呼吸器が取り付けられていることでした。自分の力では体を動かすこともできなかったのですが、嬉しさで心躍っていました。でも、魂が肉体へと戻った途端、激痛を感じました。

臨死体験以来、記憶喪失、障害、貧困、そして私の人生観が変わったことを理解できないことで友人を失ったり、慢性疼痛などの数々の苦しみを経験しました。それでも魂が永遠であることを理解し、死の恐怖から開放されたことで、何が起きても揺らぐことのない心の安らぎを得ることができました。私のように苦痛を負うことなしに皆さんにも私の体験を味わって欲しいと願っています。そうすればきっと世界観が変わることでしょう。

NDERF特別版・・・体験内容の詳細・・・

アート・ベルさんのラジオ番組で199924日に放送されたサラの臨死体験を聞いたたくさんのリスナーから、彼女の体験とチベット死者の書の記述とが非常に似通っていることを教えていただきました。実際、その類似性には目を見張るものがあります!

概要:

性別:    女性